核家族とは一つのライフステージ

2011.12.09

ぼくの考え方は戦後的核家族観の尾を引いている。核家族観は、戦後の人口都市集中の波に乗って、地方の親元を離れて都会に出て新しい家族を形成したカップルの量的優位をベースにしており、この初代の核家族が老いにさしかかり、次の世代が同じ都会で家族をつくりはじめた現在では、その虚妄性が指摘されだしている。つまり、一つの家族が誕生し、子をつくり、それを送りだし、消滅するまでを思い描き、老いた世代の生きる場所を考えれば、核家族とは一つのライフステージに過ぎないことが了解されはじめたのである。

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ぼくはこうした修正を受け入れてもなお、核家族観は有効性を保っていると考える。つまり老いた世代を包含するにしても、今日の生活単位としての家族は、戦前的、家父長的家族と明確な対照性を保っていると思うのだ(いわゆる二世帯住宅、三世代居住は、決して戦前的大家族制度の再現ではないし、またそうであってはならないだろう)。この生活単位としての家族が、私性の本質であり、そしてそれは、ぼくにとって公共性、社会性と対峙する存在なのだ。





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